データビジュアライゼーションの発達 / エドワード・タフティの登場

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"インフォメーションデザイン”という考えが急速に広がり始めたのは1980年代後半になってからだと言われています。(*1)実際のところ、インフォメーション(情報)デザインは多様な意味の取り方ができるのですが、一般に広く知られているのは “人間中心にデザインする” ということです。モノの利用者(ユーザー)が使いやすいと感じるデザインを考える方法とも言い換えられると思います。この頃から多様な類似製品との違いを見せることや製品自体のアップデート時の考え方として、ユーザーの目線に立ったデザインが注目され始めました。

また、1980年代後半というのは一般の人にもコンピューターが普及し始めた年代です。それはインターネットの普及も同じです。つまりここからは文字通りどんな人でも情報を発信できるようになったのです。こうして情報が爆発的に増えたことは、同時に多くのわかりにくく、曖昧な情報が生み出されることにもなりました。こういった見る人(ユーザー)にとって有益な情報になっていないただのデータの集まりをユーザーに伝わるように整形する作業。これも “インフォメーションデザイン”の範疇として考えられます。またこれを狭義の言葉として “データビジュアライジング” と呼ぶようになっていきます。

前置きが長くなりましたが、そんな80年代始めに先立って、一冊の本が出版されました。"The Visual Display of Quantitative Information" は、まさにこれから始まる情報の爆発に備えるための一冊となり、データビジュアライジング分野に置ける最も重要な教科書の一つとなりました。

今回紹介するのはこの本の著者であり、インフォメーションデザインやデータビジュアライジングの先人エドワード・タフティ(Edward Tufte, 1942-)(以下タフティ)氏です。彼は現在のインフォメーションデザインとりわけデータビジュアライゼーションの基本的な考えを作った人物です。ニューヨーク・タイムズ紙はその功績を讃え、彼を “データのダ・ヴィンチ” と呼びました(*2)。

生い立ちから出版まで

アメリカ、カンザスシティに生まれたタフティは、父の仕事の影響でカリフォルニア州ビバリーヒルズへと移り住み青年期を過ごします。スタンフォード、イェールの両大学で統計と政治経済学を学び、卒業後はプリンストン系列の大学で政治経済学を教える講師となりました。その頃に出版されたのが『The Visual Display of Quantitative Information』で、これが転機となりタフティは情報視覚化研究の第一人者として一躍名を知られるようになります。

そのPrinceton’s Woodrow Wilson Schoolで政治経済の教鞭を執っていた1975年当時、タフティは経済学を学びに来たジャーナリストたちに統計についての教示を頼まれました。ところが参考書の情報はとても薄く、とりわけ統計のグラフィックに関する部分などはほとんどなかったのでタフティ自身が長い注釈をつけていかなければなりませんでした。ただこのことがきっかけでタフティは、統計データの視覚表現に関して自身の考えを巡らせていくことになります。

その後しばらくするとこの話が同じくプリンストン大に在籍していた数学と統計学の第一人者ジョン・テューキーの耳に入ることとなり、彼から統計情報の視覚化についての共同講義を持ちかけられます。ちなみにこの方、コンピュータ用語の“ビット(bit)”を唱えた人物として広く知られています。

そうして開講されたプリンストン大学での講義素材をまとめたものがやがて『The Visual Display of Quantitative Information』として出版されることになります。

The Visual Display of Quantitative Information / エドワード・タフティ

当初出版社から本を出そうと原稿を持ち込みましたが、予想よりも費用が掛かることがわかったタフティは、それならと自費出版することに決めます。(*3)これが結果として良い方向へ向きます。というのも出版過程でタフティは紙から紙面デザイン、タイポグラフィに至るまで、彼のこだわりを貫いて作り上げることが可能だったからです。出来上がった本は、丁寧な装丁、ふんだんな図表とよくデザインされたレイアウトで、内容的な面だけでなくその本自体の美しさも合わさり、この本の価値をさらに高めることになりました。

そうして『The Visual Display of Quantitative Information』は1983年に出版されました。この本が商業的にも成功したことで、タフティはそれまでの政治学の講師からデータビジュアライジングの研究家へと転身するきっかけとなりました。

その後タフティはイェール大学の名誉教授となり政治経済学、統計、コンピューターサイエンス、情報デザインの分野で現在も引き続き研究、活動を行なっています。

ちなみにタイトルの『The Visual Display of Quantitative Information』、日本語では『定量情報の視覚表示』と訳されますが、つまり定量情報=統計などのデータ情報、視覚表示=表やグラフ化、という意味で、いわゆる最近目にする図解表現やデータビジュアライゼーション本の名実ともにまさに元祖でした。

本の概要

ではどのようなことが書かれているのか概要を説明します。
まず『The Visual Display of Quantitative Information』(第2版)は1章と2章に分かれています。

1章は「優秀なグラフィック」、「誠実なグラフィック」、「ソース(参照)」の3部から成り立っておりグラフの歴史を辿りつつタフティが考える良いデータグラフィックを、バー・ライン・タイムチャート、データマップといった様々なバリエーションのグラフィックをふんだんに掲載しながら説明していきます。

2章では良くないデータグラフィックとそれをどうすれば改善できるのかといったタフティの考えを実例を見ながら6部に渡って説明していきます。そしてこの部分が今までの統計本にはなかった部分であり、この本が統計、データグラフィック分野で最も重要な書籍の一つとなっている所以です。

今回全てを解説することはできないので、2章の内容からタフティが提唱し、その後のデータグラフィックにおいて頻繁に登場するようになった考え方や用語を集中して取り上げていきます。

データインクとは?

タフティは2章の冒頭でデータグラフィックの役割をこのように言います。

"デザインの巧妙性(小細工さ)は時折現代美術館に飾られるほど立派なことがありますが、基本的に統計データのグラフィックは見る人がその情報量の理由を知る助けになるための道具です。(p91)"

例えばウィリアム・プレイフェアの最初のグラフは多すぎるグリッド線と濃密な程の細かいラベルによって多くのインク(印刷に使う実際のインクのこと)を使用していました。

By William Playfair [Public domain], via Wikimedia Commons

プレイフェアのグラフでは後に出す、下記のグラフの方が統計データ(折れ線)により集中できると説明します。

ここから良いデータグラフィックの原則として

"Above all else show the data (何よりもデータを見せること)"

と表現しました。

さらにタフティはこのインクの量について注目しました。そしてここから良いグラフィックデザインをうまく数値化しようと試みます。

それが "データインク(Data-ink)""データインク比(Data-ink ratio)" という考え方です。

タフティが唱えたこのデータインクという概念は、印刷に使われたインクの中でデータグラフィックに使われるインクの量を指したものです。そしてデータインク比とは印刷に使われたインク全体の中でのデータインクの比率を表したものです。

タフティはこれを下記の公式にしました。

つまりこの公式では1.0に近いものほど優秀なデータグラフィックとなります。

例えば下記のようなグラフはドロップシャドウや立体表現などが使われていますが、これは必ずしもデータを読み取るのに必要なものではありません。こういった装飾のためにインクが使われているものが多ければ多いものほどデータインク比は低くなります。

このグラフを例えば以下のようにデータを読み取るのに必要最低限なものでまとめるとデータインク比は高くなります。

タフティはデータグラフィックの理論として下記4つの項目を原則とすることを推奨しています。

"Maximize the data-ink ratio. (データインク比を最大にする)"

"Erase non-data-ink.(データインク以外を取り除く)"

"Erase redundant data-ink.(冗長なデータインクを取り除く)"

"Revise and edit.(修正、編集作業を行う)"

このように、良いデータグラフィックかどうかを判断する手段として、目に見える数値に表そうと提示したことは今までにない試みでした。

チャートジャンクを取り払う

データインクと共にタフティが使用したのが "チャートジャンク(Chartjunk)" という言葉でした。タフティは2章5部(p107-)の冒頭で

"データインクでないものや、冗長なデータインクのほとんどはチャートジャンクである"

と述べ、データグラフィックに関係のない装飾は文字通り図表のゴミ(チャートジャンク)でしかないということを3つのパターンから説明しています。

● オプアート

モアレなどを利用し錯視を体験できるオプティカルアートは見る者を楽しませますが、データグラフィックにおいてはチャートジャンクであると言います。またこの現象は作成者が意図せずに出来上がってしまう可能性があるとも言いいます。例えばExcelやIllustratorなどでは簡単に格子模様やグラデーションなどを追加できますし自動で付いてくる場合もあります。

タフティはフランスの地図学者であるジャック・ベルタンの言葉を引用しながらこのように述べています。

"ジャック・ベルタンはオプアートを作るためには「不快感を感じさせることなくあいまいさを表現し、モアレの作用を最大限に引き出すことがデザイナーの義務である」と言っていますが、統計グラフィックをこのようにうまく「あいまいさ」と共存させることができるのでしょうか?それはユニークな考えですが良い例はまったく見つかりません。モアレの作用は、グラフィック全体を汚染する幻惑的で目を疲れさせるような奇妙なシロモノであり、データグラフィックにおけるデザインにはまったく居場所がないのです。(p112)"

● グリッド(罫線)

グリッド(罫線)はグラフィックの中でも静的な要素の一つです。役割としては暗黙的にデータ同士が競合しないように抑制をすることです。しかしグリッドが活用されるのは出来上がりの印刷物よりも主にプロットなどを作成する初期段階の話で、出来上がりのグラフィックではその必要性は低いとタフティは説きます。とりわけ黒いグリッド線はデータグラフィックを乱雑にし、必要な情報を提供しないのでチャートジャンクであると言っています。タフティが示したグリッド例の内、フランスの発明家エティエンヌ=ジュール・マレー(E.J. Marey)(以下マレー)が作成したパリーリヨン間の列車運行表があります。

その表をトレースしたのが以下です。縦のラインは時間、横のラインが離発着駅、そして斜めに横切る線が列車の動きを表しています。ぱっと見、解読が難しいかもしれませんが、例えば上部に目をやり、お昼の11時(MIDIの左隣)にパリを出発する列車は、斜め右下へと進み最終的にリヨンに夜の10時過ぎに着くことがわかります。駅ごとに線がずれているのはその分停車していると言うことですね。これが斜め左下から右上へと逆向きになっている線はリヨン方面からパリ方面に向かっているというわけです。

ちなみにマレーがこの表を作成したのは1880年代で当時としては画期的だったと他資料(*5)では書かれています。すばらしいアイデアと情報を提供していますが、実際は少し見にくいのも事実です。これをタフティは黒いグリッド線がチャートジャンクになってしまっているからだと言います。

タフティはグリッドを明るくする、つまりグレーにしていくとより見やすくなると言います。そして下記が線の太さを変えずにグリッドをグレーにしたパターンです。

より列車の運行線に集中できるようになりました。
タフティはグリッドに関して

"データグラフィックで表を作成する場合、グリッドを残すことでそのデータを読み解くのと補間することに役立つことも事実です。 しかし、この場合でもグリッドはデータに関連してミュート(静的に)する必要があります。 グレーのグリッドは微妙な線となりうまく機能し、黒いグリッドよりも正確にデータを読み解くことが可能です。(p116)"

とはっきりと述べています。

ちなみにこの表は何を隠そうこの本の表紙に描かれているモノです。タフティにとってはこの本の内容を代表する象徴的なグラフィックなのでしょうね。そして表紙に描かれているのはやはり修正版の方で、列車の運行線は色付けがされています。

● グラフィカルダック

タフティが説くチャートジャンクの3つ目はデータ自体が装飾になってしまう場合です。彼はそれをダック(The Duck)と呼んでいます。これは 『Learning From Las Vegas"(1972)』 という現代建築に関する本で出てくる"Big Duck"から引用された言葉です。

Wikipedia-Big Duck

1931年ニューヨークのロングアイランドに突如出現した巨大なアヒルは建築的なメタファーを全く持ち合わせていませんでしたが、その外見からアヒル農場であることが瞬時に認識できることで多くの人に知られることとなりました。オーナーのマーティンは建築的観点ということを二の次にし建物自体を広告にすることで人々に注目されるようなデザインにしてしまったのです。(*4)この本で指摘されたことから"Big duck"という手法が幹線道路や高速道路沿いに目に入る巨大な何かしらを模した建物を指す言葉となりました。

タフティはこの"Big Duck"はデザイン的な面でデータグラフィックとも強く関係すると言います。

このグラフは1970年代に『American Education』という雑誌に掲載されたものですが見事にグラフ自体が装飾と化しています。建築の場合と違うのはデータグラフィックではデータ自体を二の次には出来ないことです。読み取れないデータになんの意味もありません。

タフティはまたダックデータは技術の進歩とも関連があると述べており、コンピュータを使用してのグラフィック制作は日々進歩しており、デザイナーはそういった新しい技術をデザインを良くするためではなく、単に技術を披露するために使用したいという欲求に駆られてしまうのを危惧しています。

これをジョン・ラスキンの引用した言葉を記して強く注意喚起をしています。

"イギリスの建築家オーガスタス・ピュージンの言葉を思い出さなければいけない「建築に装飾を施すのはかまわないが、決して装飾そのものを建ててはいけない」(p117)"

タフティ以前とタフティ以後

それまでのセンスのあるデザイナーが作った良いデータグラフィックをまとめた本などと違い、タフティはこの本の中でグラフィックを目に見えるように数値化し必要な情報といらない情報をはっきりと記しました。これがそれまでの書籍と違っているところであり、この考えは以後のデータグラフィックの指針になっていきました。それは現在出回っているデザイン本、とりわけデータビジュアリゼーション分野の参考文献のほとんどにこの本が載っていることが物語っています。

2章部分は他に「データインクを最大にする方法」や、「高解像度データへの対応」「多機能グラフィカル要素」といったことが書かれています。またタフティはいくつかまだ重要な書籍を出しています。例えば後に出版される "Envisioning Information" には日本の図表が多く掲載されています。これは1986年にタフティが奧さんとハネムーンで日本を訪れており、その時の滞在が大変印象深いものだったからだと当時のインタビューで(*3)語っています。
これらの内容はまた次の機会に取り上げたいと思います。

タフティは常に専門的な話をするのではなく、普遍的なモノとの繋がりを意識して本やインタビューの中で考えを語っています。確かにこの本でも終始書かれているのは「余分なものを取り除くこと」そして「常に修正、編集を繰り返していくこと」であってこれは何にでも当てはまることです。こう言った普遍的な考えを多くの人が基礎として身に付けることで、多くのデータジャンクは減っていくのだと思います。


参考書籍
"The Visual Display of Quantitative Information" - Edward R. Tufte / amazon.jp
"インフォグラフィックスの潮流:情報と図解の近代史" - 永原 康史 / amazon.jp
*1"情報デザインの教室:情報デザインフォーラム / amazon.jp


参考文献、参考サイト
"Edward Tufte.com"
"Edward Tufte - Wikipedia(En)
*2"The da Vinci of Data - The New York Times
*3"An Interview with Edward R. Tufte"pdf
"Tufte_Edward E.pdf"
"Yale University / Department of Political Science - Edward Tufte"
*4"9 Weird and Wonderful Architectural "Ducks""
"NYC Day Trip: A Visit to The Big Duck, Long Island’s Famous Example of Roadside Architecture" 
"Lessons from Sin City: The Architecture of “Ducks” Versus “Decorated Sheds”" 
*5"Informationsvisualisierung Übung"