オリンピック ・パラリンピックから始めるアクセシビリティ、ユニバーサルデザイン

アクセシビリティ ユニバーサルデザイン バリアフリー インクルーシブデザイン

東京2020オリンピック・パラリンピック大会(以下、東京2020大会)が9月5日に閉幕しました。1ヶ月以上にわたる熱戦の中、多くの興奮と感動をもたらしてくれたアスリートの皆さんにはあらためて敬意と感謝の気持ちを届けたいです。

そんな今回の記事はこの東京2020大会の中で行われた 会場づくりのアクセシビリティ をテーマに書いていこうと思います。公式ウェブサイトでは 『アクセシビリティ・ガイドライン』 が一般に公開されており、これはバリアフリーやユニバーサルデザインといったテーマと密接に関わっています。組織委員会はこのガイドラインをこれからの街づくりのための未来につながる(レガシー)資料として役立てたいと考えているようです。せっかくですので自分もバリアフリーやユニバーサルデザインについて、このオリンピック・パラリンピックを機会に徐々に知っていこうと思います。これから始める方はぜひご一緒に、アクセシビリティ、ユニバーサルデザイン世界へのはじめの一歩としてご覧になってください。

目次
・そもそもアクセシビリティとは?
・ユニバーサルデザインやバリアフリーといった言葉との違いは?
・Tokyo2020 アクセシビリティ・ガイドライン概要
・ガイドラインの構成
・エレベーターが開いている時間は何秒必要?
・表示サインの大きさはどれくらい必要?
・これから考えるアクセシビリティ、これからつくるインクルーシブ社会

そもそもアクセシビリティとは?

さてそもそも アクセシビリティ という言葉の意味がイマイチピンときていなかったのでまずはそこから始めてみます。

アクセシビリティ [Wikipedia-JP]では

"アクセシビリティ(英: accessibility)とは、障害者が他の人と同じように物理的環境、輸送機関、情報通信及びその他の施設・サービスを利用できることをいう。"

と説明されており、続けてこの定義は国連が採択した 障害者権利条約 [Wikipedia-JP] の第9条(Accessibility)に基づいていることが記されています。

またアクセシビリティというのは建造物など実際のモノに限った話だけでなく、ウェブの世界における高齢者や障がい者、又は不慣れな方にとっての情報の手に入れやすさを考える IT分野でのアクセシビリティ なども存在します。というよりもこちらの方がよく取り上げられているため、現在は単に アクセシビリティ というと多くの場合この ウェブアクセシビリティ の情報にたどり着きます。

どの分野でも共通して 「利用しやすさ」「近づきやすさ」「便利であること」 といったことを考え、実践していく作業のようです。
今回の記事では、東京2020の出している 『アクセシビリティ・ガイドライン』 に記されている中でも、特に建物や公共交通機関などの大会周辺のアクセシビリティを中心に見ていきます。

ユニバーサルデザインやバリアフリーといった言葉との違いは?

先ほど述べたように、アクセシビリティは他にも似たような場面で使われる バリアフリーユニバーサルデザイン(UD) 、その他にも インクルーシブデザイン といった言葉が存在します。ガイドラインを見ていく前に、混同してしまいがちなこれらの言葉の違いをまずは整理したいと思います。

これらの言葉の違いについては、ユニバーサルデザインの分野の第一線で活躍されている、 株式会社ユーディット(UDIT)の会長関根千佳さんの説明*1 が分かりやすかったのでこちらを要約させていただきます。

ユニバーサルデザイン(UD)
「年齢、能力、状況の違いにかかわらず、できるだけ多くの人が使えるよう、 デザインの最初から考慮して、街、モノ、情報、サービスなどを作るプロセス 」である。障害者や高齢者のためだけのデザインではなく、子ども、女性、旅行者、外国人すべての人を考えたデザインである。後付けではなく最初から多様なユーザの利用を考慮し、徐々に改良してより多くの人に使いやすくしていくスパイラルなデザインプロセスである。

バリアフリー (Barrier-free)
この言葉は、世界的にみると 今ではほとんど使われていない。 もとを正すと米国で兵役に入った18歳の健康な成人男子からデータを取得した架空の男性像をもとに多くの公共空間や製品などのモノが作られた。だがそこには障害者は元より、子ども、女性、高齢者などの視点やデータなどが入っていないものだった。そういった人々にとってこの視点で作られたモノには 「バリア」 が存在する。そのバリアを外していくアプローチ をバリアフリーと呼ぶ。

アクセシビリティ (Accessibility)
この概念は海外でもよく使われる。建物や公共交通機関などが多様な人々にきちんと使えるか、IT機器やWEBサイトは利用できるかというときに 一般的に使われるのがこの言葉 である。 アクセシビリティはUDの実現のためにユーザビリティ(Usability)と合わせて考えられる場合が多いアクセシブルでユーザブルであることをUDの究極の理想とする考え方もあり、徐々に向上させていくことが求められている

インクルーシブデザイン (Inclusive Design)
多様な人々を含んだデザインという意味であり、ヨーロッパで多く使われているようである。もともとヨーロッパでは、UDを表す概念として、Design for all という概念が存在した。だがこの言い方は1個のものが全ての人に合うという、One fits for all なのではという誤解を生みやすく、次第にインクルーシブデザインという言い方に変わってきた。UDが建築、公共空間、製品、情報などの実際のデザインプロセスを指す印象が強いのに対し、インクルーシブデザインは 多様な人間によって構成される社会そのもののデザインを指すという印象 がある。



なるほど、すでにあるモノの使いにくさ(または使えないもの)に対してそれを取り除き利用できるようにする作業に対しては バリアフリー という言葉を使い(世界では一般的な言葉ではないですが)、これから作るモノに対しての使いやすさを アクセシビリティ という観点から考えていき、それを踏まえて作られたモノを ユニバーサルデザイン と呼ぶ。そしてそういったモノが増えていくコミュニティが インクルーシブ な社会であり、こういった社会が現在は理想的な目標と認識されているようです。

Tokyo2020 アクセシビリティ・ガイドライン概要

言葉の違いを理解した所で、実際の東京2020大会 『アクセシビリティ・ガイドライン』 を見ていきましょう。

Tokyo 2020 アクセシビリティ・ガイドラインページ [olympics.com(Tokyo2020)]

上記ページにはまず、大会組織委員会が掲げるアクセシビリティの目標が掲げられています。

障がいの有無に関わらず、すべての人々にとってアクセシブルでインクルーシブな東京オリンピック・パラリンピック競技大会を実現するため、組織委員会では、国の関係行政機関、東京都、関係地方公共団体、障がい者団体等の参画を得て、「Tokyo2020 アクセシビリティ・ガイドライン」を策定し、国際パラリンピック委員会(IPC)の承認を得ました。



ガイドラインは、東京2020大会の各会場のアクセシビリティに配慮が必要なエリアと、そこへの動線となるアクセシブルルート、輸送手段、組織委員会による情報発信・表示サイン等のバリアフリー基準、ならびに関係者の接遇トレーニング等に活用する指針となるものです。



組織委員会は、このガイドラインに基づき、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会に向けたアクセスの機会を確保すべく環境整備を図ることで、障がいの有無に関わらず、すべての人々が相互に人格と個性を尊重し合う共生社会の実現に貢献することを目指します。



こちらのページでは、大会施設及び関係施設での建築物の規格が記されている 『アクセシビリティ・ガイドライン』 と、大会スタッフ、ボランティアスタッフに向けた利用する人のサポートをするためのガイド 『アクセシビリティサポート・ハンドブック』 の2種類を閲覧することができます。今回は前者の 『アクセシビリティ・ガイドライン』(以下ガイドライン)を見ていきます。


○誰のためのアクセシビリティ?

ガイドラインは、国際パラリンピック委員会(IPC)が作成したアクセシビリティガイドライン(以下IPCガイド)の内容を踏まえて作成されていることが前文に記されています。IPCガイドとは世界中のアクセシビリティに関する情報を分析した指針であり

社会的発展を促し、長期的なスポーツの発展と社会的なレガシーを残す手段として、開催国と共に活用する

をパラリンピック大会開催の目的の一つとして掲げるIPCの重要な資料と言えます。

IPCアクセシビリティガイド(日本語)/ 日本パラリンピック委員会

上記リンクはその日本語版です。Tokyo2020ガイドラインよりもボリュームがありますが、ご興味ある方はこちらもぜひ参考にされてみては?

続いて、ガイドラインでは3つの基本原則を唱えています。

公平
全ての人が身体的、機能的な状態に関係なく同じ水準のサービスを受けられることを保障する。(略)

尊厳
大会時の施設やサービスを利用するすべての人々を尊重し、その個人の尊厳を損なわない方法で、大会を運営する。(略)

機能性
大会時の会場内の施設やサービスは、障がいのある人を含めたすべてのステークホルダー* のニーズを満たすことを保障する。
*ステークホルダーとは観客を含めた全ての大会関係者のことです。

これらはIPCガイドと同様の3原則を踏襲しています。そしてアクセシビリティによってインクルーシブな環境から恩恵を受ける人は具体的にはこのような人たちです。

  • スムーズな移動がしにくい人
  • 視覚による情報が得にくい人
  • 音声による情報が得にくい人
  • 伝えること・理解することに配慮が必要な人
  • 様々なニーズにより恩恵を受ける人

最後の「様々なニーズにより恩恵を受ける人」とは、骨折などけがをしている人、高齢者、妊婦・乳幼児を連れた人、子供、日本語以外を話す人、大きい荷物を持っている人、何らかの理由で同伴者等の体動が必要な人、救急隊員に対応する人といった方々です。

単に障害をもつ人だけではなく、アクセシビリティという用語通り、様々な事情により、不便をこうじている人に向けての利用性の良さということを目標にしていることが書いてあります。

ガイドラインの構成

具体的にガイドラインは下記の項目別に構成されています。

各項目では5つのエリア別に分けられた最低寸法が提示してあります。

1 選手村(宿泊施設)
2 大会会場(屋内)
3 大会会場(敷地内、屋外)
4 歩道(アクセシブルルート)
5 公共交通機関施設(アクセシブルルート)

例えば 通路の幅 を見てみると、屋外で歩行者の多い通路になる程、基準幅が長くなっていますね。

Source:Tokyo2020 アクセシビリティ・ガイドライン

ガイドラインは基本的には項目ごとにこういった寸法が続きますが、全てを細かく紹介はできないので、今回は 「エレベーター」 「表示サイン」 の項目に絞ってガイドラインを見ていこうと思います。

エレベーターが開いている時間は何秒必要?

さて、ではアクセシブルなエレベーターとはどういうモノでしょうか?ガイドラインではこう定義しています。

アクセシビリティ基準を満たしているエレベーターは、利用者の視点を踏まえた場所に適切な表示サインを設置する。なお、表示サインはいろいろな方向からも視認できるように設置することが望ましい。アクセシブルなエレベーターとは、全自動運転のものである。

なるほど、わかったようでわからない。ということで具体的なところを実際に見ていきましょう。

まずはドアです。エレベーターのドアが開いている適切な時間は、エレベーター内で利用者がドアの開閉ボタンを押した場合を除き、 どの呼び出しでもドアが開いた状態は 最低4秒 維持しなければならず、 車椅子使用者対応の操作盤を押した場合は10秒は開放する よう設定することが望ましいと書いています。

またエレベーター内は、出入り口にガラスなどを用いて内外が見通せるようにすること。もしできない場合は内部を確認できる映像機器を設置する。また低層階(2階分など)のエレベーターの場合は 車椅子使用者が内部で方向転換する必要がないように トビラを両側に設けた貫通型が望ましいとなっています。

なるほど。低層階型の新しいエレベーターで貫通型が多いのはそういったことが要因なんですね。

○エレベーター内の寸法

Source:Tokyo2020 アクセシビリティ・ガイドライン

エレベーターの操作盤については、車椅子利用者対応の操作盤は 壁面の中央 に位置させ、利用者がかがみ込んだりのけぞったりして 転倒しないように配慮する こと、また片側だけでなく両側に配置すること。ボタンは操作しやすい大きさで、浮き出しもしくは触知できるものとする。 弱視者にも見えやすい配色と浮き出し文字などの形状、わかりやすい点字表記 をつけることが望ましい。またキャンセル機能付きがあると尚良いようです。

○操作盤

Source:Tokyo2020 アクセシビリティ・ガイドライン

2階以上の階層で使用するエレベーターの場合、運転方向及び、停止階を知らせる音声案内が必要である。エレベーター到着時の音による案内は、上がるか下がるかの 運転方向を聞き取りやすい音の高低差で表す ことが望ましい。また聴覚障害者のために緊急時の連絡方法としてボタンやモニターを設置することが望ましい。といったことが記されています。

音の高低でエレベーターの行き先がわかるのは気づきませんでしたが理にかなっていますね。

表示サインの大きさはどれくらい必要?

続いて表示サインの項目を見てみましょう。ガイドラインでは表示サインの有効性をこう記しています。

ピクトグラム、方向を示す矢印や言葉を用いた道案内や解説表示サイン、特定の役割を持つ表示サインにより、どこの国の人であっても、身体能力がどのような程度であっても人々は自由に、先を予測しながら、そして最も重要な点であるが、安全に移動することが可能になる。

サインは原則、国際的に認められたシンボルを利用することが望ましく、障がい者に関しては、国際シンボル、矢印、強調する特徴についての文字による説明が必要だと書いています。

○通路の突出物(例)

Source:Tokyo2020 アクセシビリティ・ガイドライン

文字は アラビア数字とサンセリフ体(ゴシック体)のみ使用 。これはひげ飾りのついたセリフ書体は、視覚障がい者には細い部分が消えてしまい読みにくいという点からです。

サイン表面は反射しない光沢のないものを使用し、色は文字やシンボルがはっきりわかるように背景色との コントラストをしっかりと保つ。また同じ経路内では色彩と触感を同一にし、同じ位置に取り付ける。また、こういった項目を管理しやすく簡単に調整できることから デジタル化した表示サインが望ましい

デジタル化した表示サインというのは今後さらに増えていくかどうかという所は機材のランニングコストなどが大きく関わってきそうですね。

シンボルと文字の大きさについては下記の表にまとめられています。

○視距離別:シンボルの大きさ

○視距離別:文字の大きさ

Source:Tokyo2020 アクセシビリティ・ガイドライン

上記の表を参考に、実際のサインの縮尺をつくってみると、正直かなり小さいのでは?という印象です。ただ屋外や広い屋内エリアでのサインが主であると想像できるので、表で記されている最大視距離の30mにほとんどのサインは合わせるのではないかと思います。

これから考えるアクセシビリティ、これからつくるインクルーシブ社会

紹介したのはほんの一部でしたが、他にも トイレ客席空間での車椅子の寸法 などは、かなり利用箇所の多いものだと思いますので、ご興味のある方はぜひご自身で確認してみてください。

何かしらの障がいを持つ人は世界人口の約15%にあたる10億人に達しており、世界最大のマイノリティであるという国連の調査結果があります。*2 これを見た時、自分の中にあった障がい者はごく少数の限られた人々、という意識はなくなりました。

ご存知の通り東京2020大会は無観客開催となってしまったため、大会アクセシビリティの観点からは、実際の動きを通して上手くいった点や改善すべき点などの発見の機会が大幅に失われてしまったことは残念でした。しかしこの大会を行ったからこそ作られた建造物や、多様な人種や障がいを持つ方々が世界中から類を見ないほど集まり、そういった人々の声を参考にできたことは、オリンピック・パラリンピックを開催した街にしかできない貴重な経験として、今後の街づくりの大きなアドバンテージになると感じます。

もちろん街づくりという大きな単位としてだけでなく、何かの施設やコミュニティ、小さなサービスなどを作る時にもアクセシビリティは常に一緒に考えることが必要になってくると思いますので、実際にこれからのインクルーシブ社会を作っていく上で、東京2020大会のガイドラインは非常に説得力の高い参考資料の一つになるのではないかと思います。

また今回は紹介しなかった、『アクセシビリティサポート・ハンドブック』 ですが、こちらは助けを必要としている人への 助ける側 からのハンドブックになっています。アクセシビリティを考慮したとはいえまだまだ人の助けが最も安心できるサポートであることに変わりはなく、ハンドブックにはサポートを必要とする人への想定される気配りが多く記されています。きっとボランティアスタッフの方々はこういったことを実践されていたので大会中、選手達から沢山の良い反響を聞くことができたのだと思います。オリンピックレガシーというのは建造物だけでなく、こういった意識的な部分の実践も、豊かな街づくりを広げていく上で大切だと感じます。こちらの方が多くの人にとって身近なものですしね。

最後に、僕はあまり ユニバーサルデザイン という言葉自体は好きではありません。なぜなら単に デザイン という言葉だけで、それこそ多くの人を考慮したモノづくりをすることが基本であると感じているからです。ただ実際はそういった意識を向けるためにもUDという言葉は今後も大事になってくるのは事実だと感じますので、今後も引き続きUD関連は大きな関心を持ち続けて取り上げていきたいと思います。


参考文献
“ユニバーサルデザインの教科書” / amazon.jp
*1 “ユニバーサルデザイン概論” / J-STAGE
“ユニバーサルデザインのちから~社会人のためのUD入門〜” / amazon.jp


参考サイト
Tokyo2020 アクセシビリティ・ガイドライン / オフィシャルサイト
"アクセシビリティ" / Wikipedia(JP)
*2 障害を持つ人々に関するファクトシート / 国際連合広報センター